妖精のおっさん

近所に妖精のおっさんがいる。

 

妖精のおっさんは、ホームレス風で、ひょろひょろの体にクタクタの服を纏っている。年中同じブーツで、キャップを被って、肩ぐらいの長髪は半分白髪。これがもしホームレスなら、風上にいれば距離があってもわかるぐらい臭いし、ちょっと持てない量の荷物を持っているはずだが、彼はまずまず清潔で、いつも手ぶらでいる。

 

私がその清潔なホームレス風のおっさんを妖精だと気づいたのは、彼が善行を積んでるからに他ならない。子供を二人載せられる最新の電動自転車がヌッとナナメに停められて歩道が狭くなっていると、向きをそっと直している。道の端にある、側溝というのだろうか、掃き掃除なんかしたあと葉っぱとかを落としてしまう穴が空いてたりするが、あそこをバコっと外して丁寧に掃除している。スーパーの入り口のゴミ箱の、グシャグシャに詰め込まれてあふれているゴミを袋にうつして、整えている。

雇われてやっているのではない。側溝は何でも自分でやりたがるウチの大家の敷地内のものだし、スーパーの従業員なら制服を着ている。彼は善意でやっているとしか、考えられないのだ。そんな人がいるだろうか?そんな人間が?

いない。すなわち妖精でまず間違いないだろう。

 

妖精はめったに喋らないが、赤ちゃんを見かけるとめちゃくちゃ笑顔になって、かわいいねぇ〜!と言う。でも、だいたい無視されている。あんなに善行を積んでいるのに、とびきりの笑顔を赤ちゃんに無視されてしまう。

 

先日、こんなこともあった。近所で怒鳴り合いが聞こえてきて、なんとなく聞いていると、どうも歩行者と車の運転手が、何か事故りそうになったことについて、お互いを罵っている。一回、お互いすいません、みたいに落ち着いて、車が向こうに行きかけた時に、歩行者がまた「ふざけんなよ!」とか怒鳴っちゃって、それでまた車の人が怒って、みたいに泥沼になってる。どうも、歩行者は酔ってるっぽいな。

そっと気づかれないように窓から見たら、歩行者は妖精だった。

あんなに善行を積んでるのに、車に轢かれそうになった上怒鳴られてしまう。まあ今回は、妖精側にも非があるっぽいけど。

 

そんなこんなで人間が嫌になったのだろうか、最近妖精のおっさんを見なくなった。それとも、私に見えなくなってしまっただけなのだろうか。何しろ最近忙しい。忙しい人には妖精は見えないものだから。